その時々に改修を加え、現代まで脈々と受継がれて来た日本の伝統様式の建造物。一見では解り辛いのですが、今では数少ない田の字造りでこの伝統の造形美をどのように活かし、これからの時代に対応させていくか、ひとつのコンセプトを持って今回の工事に取り組みました。
比叡山系からの吹き下ろしは非常に強く、この時期は日中でも雪解けしない場所が出来るほど冬の冷え込みは厳しいものがあります。この苛酷な自然環境の中で営まれたであろう数々の歴史を刻み込んだ築約100年の木造建築。
底冷えのするこの季節から約2ヶ月半の日程でこの伝統様式の建造物がどのように変貌を遂げるのか、今回のリノベーションの始まりです。
今回のリノベーションのコンセプトは「古きよき新しい物づくり」でした。
この意味不明なコンセプトは、最後まで“正解”が見つかりませんでした。しかし我々工事に携わった者は、強い想いを抱きながら、確信に迫ってまいりました。
そして1つの答えを見出しました。それはこの建物に愛着を持って過しているすべての方々が今後100年経過しても、同様にこの建物に接することが出来るということではないでしょうか。往く年月が経っても愛着をもって接することが出来る建物って、すばらしいと思いませんか!
3日がかりの搬出でようやく 先が見えてた室内の様子 |
今回の計画でまず最初に取り掛かったのが各部屋の片付けでした(笑)
始末家という施主様の性格が災いしたのか、部屋数があるからといえ、あまりにも不要物?(備品)が多過ぎました。
大家族ゆえなのか、はたまた何なのか?わずかな望みを抱き、片付作業を進めておりましたが骨董品として価値ある物は皆無に等く、その反動で脱力感だけが残った3日間でした。片付けというよりもほとんどが搬出処分品でした。やはり当方が見込んだとおり不要物(笑)で、4人がかりで4tダンプにして3台分、搬出しました。
ところで、いろんなことがあったので申し遅れましたが、今回の改修計画を説明いたします。
まず、1階にあったプライベートな空間を2階のガラクタ部屋(笑)と化していた場所に移動し、その空けた1階に介護事務所を開設するという計画です。それに伴い玄関を2ヶ所設け、自宅用と事務所用に分離。中に入ると廊下を通り、行き来できる構成としました。
片付けさえ終わってしまえば解体工事もあっという間に終わってしまい、スケルトンの状態に。こうしてみると田の字構造が良くわかりますねぇ。筋交の架け替えや、柱の断面欠損といった現況を構造的補強も兼ねて、今回の計画ではこの柱たちも一旦は撤去してしまいます。
左の写真は1階事務所ホールから2階吹き抜けを見上げたところ。
2階・大屋根の下地、通称“トントン”が見えます。この“トントン”があるということはすなわち、大屋根の瓦葺き替えはおそらく半世紀以上手を入れておられないはずで、現状雨漏れはなったのですが、非常に気になるところです。
今回はこのような下地であったため現し天井とせず、「何か」を張ってこようと考えました。この時はまだ「何か」を決めかねていた段階で、この後この空間がどのように変貌するのか、それが自分でも目下の楽しみでもありました。
ありふれたアルミの引戸を取っ払い、間口を半間広げて木製の3枚引違戸。すべての材を桧木製にしてなおかつ“ナグリ仕上げ”にしてみました。通常“ナグリ”は栗材が一般的ですが、今回は桧木にこだわってみました。
京都の方では時々見かけますが、経年劣化が枠材の桧木と同じなので、日が経つ毎に風合いが良くなるはず。その“ナグリ”の桟越しに中を見通せるよう透明ガラスにしたかったのですが、それはオーナーが猛反対。結局ご覧のように型板ガラスに落ち着きました。 残念!
それに伴い玄関を2ヶ所設け、自宅用と事務所用に分離。中に入ると廊下を通り、行き来できる構成としました。
次は上り框。
より広さを演出するため框を斜めに振り、遠近感を造りました。式台には人工的ではありますがわずかな白太を除くように、自然な形で曲線を造形しました。材は6m物の南洋桜。後に紹介します床板と同材で、赤身の強い非常に硬い樹木です。仕上げはリボス社の3分艶出クリアを、2回塗り上げました。和の佇づまいにも違和感無く、存在感を漂わせています。土間の真ん中に見えるのはどうしても抜けなかった既存の柱。桧木の無垢板を張り詰め、一見では6寸程の大黒柱に見えるよう足元は腐食止めを兼ねて銅板で飾り巻を施しました。
先程ご紹介しました玄関前室の床の間。床柱は桧木の錆丸太で落し掛けは錆の角竹を使用。にじり口風の襖の向こうは流し場で、ここではお茶を立てる事は出来ませんがひと時の安らぎは得られるはず…
このエリアのみ聚楽壁を意識し、土のイメージを強く出すため壁面の色を濃くしてみました。また前室を通った奥には居間があり、その居間には以前にこれと同色で仕上げてあります。
さらに天井には、真竹を張り詰めました。
半割れにすることにより張詰めの微調整が上手くいきました。当初は現し天井のうえベニガラ仕上げを予定していたため、事前に天井板にはベニガラを施してあったのが功を奏し、竹節の隙間から覗く漆黒が深みを演出しています。錆竹の落し掛けから自然な動きで天井に目線がアプローチしていくのがわかります。スポットを設けたこの床板にはどのような飾り付けが施されるのか待ち遠しいところです。
次にご紹介いたしますのは事務所側の玄関周り。
こちらの引き戸はアンティークな建具を使用し、建物との調和を意識しました。以前にも店舗系で使われていたであろう建具で、腰板はケヤキの無垢。最初から嵌めこまれていた透明ガラスに、満月と雲をブラストしてみました。
介護関係の事務所ということで、訪れる方々への和やかな雰囲気作りに一役かっています。なぜ雲と満月なの?という思いがあるのではないでしょうか。
これには訳があります。左の写真は内部から見たものですが、左が閉まった状態で右が開いた状態。普段(閉まった状態)は晴れ渡った満月ですが、ドアを引く(開いた状態)と雲が掛かり、満月を欠かせます。2度の好奇心で遊び心をくすぐってみましたが、如何でしょうか…
2回遊んでもらったら(笑)ホール内部へ。
正面に現れたのは圧巻の漆和紙の壁面。相当な時間を費やし探し回った逸品で、施主様もお気に入りの一品。均一でないこの漆独特の色むらが更に存在感を演出しています。その横をすり抜けるように階段が付き、この壁面の裏を通るように2階へ誘います。
こちらは事務所の入口まわり。
得意の筬格子戸で間仕切り、3枚引き仕様の中に杉の面皮柱を入れることにより分断し、2枚引きと片引きにわけることが実現しました。ガラス越しに視界が広がるので、執務中建具を締め切っていても来客がわかる利点があります。内側の障子が外れるようにもなっていますので、更に風通しも宜しいかと…
今回、事務所側の玄関周りは化粧材をすべてケヤキで統一してみました。ケヤキといえば信州、北陸地方が産地としては有名ですが、京都近郊でも良質の原木はたくさん取れています。ただ知られていないだけなんです。本来、高級品として高値の取引が執り行われていますが、自ら産地へ出向き直折衝により、安価で良質の材を手に入れることが出来ました。
あとは天井の紹介が残っておりますが、スケルトンの状態で決めかねていた「何か」をいよいよ決めなければいけない時期が来ました。船底天井なども考えたのですが、それはまた次回のお楽しみということでステップアップしていきたいと思います。今回は2階まで抜けた天井に網代をアール状に張ってみました。それを黒竹の竿縁で飾付けしました。
こちらが1階事務所の内部。到底、事務所とは思えない風景です。
遊び心をくすぐる曲線の障子や中央にあるのは灰を敷き詰め自在鉤も下げた本格的な囲炉裏。ここでの商談はさぞかしのどかな雰囲気に包まれることでしょうねぇ。
また横に垂れ下がった間接照明がよりその雰囲気を強調しています。こちらの框ももちろんケヤキ材。厚みも50mmはしっかりある厚板で使い込むごとに深みを増していくことでしょう。事務所側の壁面にはご自宅の玄関周りと同じ材料ですが全体を白っぽくしてあります。ベニガラの黒と壁の白とがモノトーンの色調で斬新さを醸し出しています。
事務所向かって右側の本棚。本来カタログや参考書などを置くためのものですが、ちょっとした飾り棚にも使えそうですね。棚板はすべてミミ付の桧木の無垢板。意外と手に入りやすい材ですが、高級感があり、趣があるこのような雰囲気のお部屋造りには欠かせない材料だと思います。
事務所ホール、正面の壁面裏側からの階段室。こちらの材料も踏み板、蹴込み板ともにケヤキの無垢材。近年、階段はプレカットによる塩ビ既製品が一般的になってきましたが、あくまで“無垢”にこだわってみました。滋賀県に居ながら、飛騨高山の民宿旅館にでも居るような錯覚に陥りませんか?
2階の応接室。床はパインのフローリング、壁は1階事務所と同じ中霧島壁、天井はシナ合板による格天井。“和”のイメージから施主様より急遽“洋室”を要求され予期せぬことに戸惑いましたが、思案のすえ、格天井を思いつきました。
大きく桝を構成し、格子にはベニガラを桝のベニヤには古色を塗り込みコントラストを造り出しました。天井の照明器具とも相まって、改装したとはとても思えない部屋の雰囲気です。今回使用したケヤキ材には総て漆を施しました。
拭き漆という一般的に良く使われる方法で、生漆をうすめ、刷毛で素早く塗った後、ウエス等で拭取るという工法です。塗り重ねることで色が増していき、より綺麗に木目が浮き上がってきます。もちろん樹木の保護にも一役かっています。
右下の画像は施主様が今回の工事で一番気に入っておられる個人の趣味の収納庫。大変喜んでいただき当方も名誉なことではあるのですが、これだけの大規模改修工事でありながら、この一坪にも満たない部分をこれだけ褒められるのも、何とも言いようがありません…
あっという間の二ヵ月半、「古きよき新しい物づくり」いかがでしたでしょうか?
確かに居宅玄関の扉や漆喰など新しく生まれ変わったところもあるのですが、2階の出格子など以前より当然あったかのごとく、違和感無く百年近く前の息吹を今も感じないでしょうか。
これからまた100年、永い々時間と共に愛着を持って接することが出来ますように…
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